セルジオ・レオーネ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』完全版(1984年)

初めて観た、西部劇以外のセルジオ・レオーネ。おもしろすぎて上映時間が二時間半もあったとは思えない。特にチビッ子役者たちの好演もあいまって少年時代は充実している。不良少年ヌードルスと美少女デボラの距離関係がすばらしい。出所後の青年ヌードルスはデ・ニーロが演じて、たぶん二十代だろうが、やや印象が違うのじゃないか? と、そこは引っかかった。貫禄がありすぎるのだ。十年ぶりか(?)に会った悪友たちが平然と殺人を犯すさまを目撃して、いかにヌードルス自身も相当のワルであり、殺人を犯して入獄したにしても、それなりのショックがあってしかるべきではないか? そのあたりのニュアンスが欠けているのが残念。その後のギャング生活は、「痛み」を感じる少年時代とは異なり、激しくはあるが多分に様式化された絵空事であり、スリルに欠ける。何者かに呼び出されたという謎をかかえた「現在」にいる老境のヌードルスによるつなぎがなければ、ほとんど退屈していたところだろう。謎は意外にあっけなく明らかになる。煮え切らない観が残るのは、マックスの心理が結局よくわからないからか。かつての愛人は再会したデボラに、マックスが死にたがっていたがゆえに、ヌードルスが密告するよう誘導した旨のことを語ったが、なぜ生きているのか? 組織の企みだというマックスの告白だが、それにマックスの意思はどう絡んでいるのか? 愛人をも欺き、そして三十年たつ今も欺き続けているのか? 長官にのぼりつめたかつての愛人を女が見破れていないのも不思議。あれが陰謀だとしたら、そのために盟友二人を犬死にさせたことになる。少年時代から登場するこの二人についての扱いが非常に冷淡なのも気になる。なんらかの感情移入を促す描写がほとんどないのだ。マックスどころかヌードルスもまるで気にする素振りを見せないし。振り返ってみると、結構ずさんなところが目立つな。うーん。