ポル・ポト伝

デービッド・P・チャンドラー『ポル・ポト伝』(めこん 1994年)。ポル・ポトの伝記というのは少なくともわたしの知る限り日本ではこれ一冊しか出ていない。ハードカバーの本文で300ページ弱。50ページにもわたる原注を見ても、著者が当時としては(原書は1993年刊行)入手できるかぎりの資料を駆使して、この伝記を書き上げたことがわかる。それでもなお、著者自身が告白しているように、ポル・ポトことサロト・サルは「透明」で「とらえどころのない」人物であり、読了してなお「落ち着かない気分」が抜けない。ほとんど聖人と見紛うほど、心優しく、善良で、人当たりのいいこの人物と、国民の四分の一を殺したとまでいわれるあの大虐殺とのギャップを埋めることはできないと感じる。クメール・ルージュが法廷に引っ張りだされれば、証言は多数現れるだろうが、すでに死んでいるポル・ポトの心のうちは謎のままだ。